福岡地方裁判所 昭和40年(行ク)5号 決定 1965年9月07日
申立人 香月正明
相手方 糸田町選挙管理委員会
主文
糸田町々長解職請求署名簿の署名の効力に関する異議申立事件について、相手方が昭和四〇年八月五日付でなした異議申立却下決定の効力およびこれに基く手続の続行は、福岡地方裁判所昭和四〇年(行ウ)第一三号異議却下決定取消請求事件の判決が確定するまで、これを停止する。
手続費用は相手方の負担とする。
理由
申立人の申立の趣旨は主文第一項と同旨の決定を求めるものであり、その理由の要旨は、
一、申立人は福岡県田川郡糸田町の町長であるが、申請外二田水正久外四名は同町長解職請求代表者となり、解職請求のため署名を収集し、相手方に署名簿を提出したところ、相手方は昭和四〇年七月一三日総署名数二、六二一のうち一〇〇の署名を無効とし、他は有効と決定して右署名簿を関係人の縦覧に供した。
二、申立人は同年七月二二日相手方に対し右解職請求者名簿の署名に関し異議を申立てたところ、相手方は昭和四〇年八月六日三三九の署名についてはこれを無効としたが、杉本和幸外一四八一名のなした署名については、これを有効とし申請人の異議申立を却下したので、申立人は更に右却下の決定の取消を求める訴を福岡地方裁判所に提起し、右訴は現在同裁判所に係属中である。
三、相手方のなした右異議申立却下決定は次の理由により取り消さるべきである。
(一) 本件署名は「詐偽」によるもので全部無効である。
(二) 本件署名は、解職請求権の乱用に基くもので全部無効である。
(三) 本件全署名簿に綴り込まれている解職請求書の写には請求代表者五名の氏名が自署されていないから、署名簿全体が違法で全署名が無効である。
(四) 本件署名簿につづり込まれている署名収集委任状には、請求代表者の氏名が自署されていないものがあるが、このような委任状をつづり込んでいる署名簿は違法であり、この署名簿になされた署名は全部無効なものである。
(五) 署名簿第五七号は、受任資格なき者が署名収集員となり、署名を収集しているが、これは違法でこの署名簿になされた署名は全部無効である。
(六) 署名簿第四六号は署名収集員でない者が収集したもので、この署名簿になされた署名は無効である。
(七) 本件署名のほとんどが偽造または代筆によるものであり、印鑑違いおよび印影不明のものも若干ある。このように代筆または偽造の署名が多数ある場合は、署名収集手続そのもの少くとも多数このような署名がある署名簿は違法なもので、これになされた署名全部が無効となるといわなければならない。
また、本人自身の署名でないことが客観的に明らかな署名が多数あるが、このような署名をあたかも当人の署名であるとして、選挙管理委員会に提出したのは、手続の重大な瑕疵であり、これによつてなされた署名は無効である。
(八) 本件署名のうち九〇は、一旦署名がなされた後請求代表者が署名簿を選挙管理委員会に提出する以前にその署名の取消申出があり、抹消されたのにかかわらず、その後偽造されるか、強迫によりなされたもので無効である。
このような手段が相当多く用いられている場合は、署名収集手続全体が違法であり、本件全署名が無効になる。
(九) 本件異議申立について相手方のなした審査手続は、異議申立人が具体的に署名の無効原因を主張しており、その原因の存否の判定が書証などでできる事情になかつたにかかわらず極めて僅かの者を召喚して調べただけで、ほとんどの署名について何ら実質的な検討を加えていないので、重大な瑕疵があり、違法である。
(一〇) 以上のように本件署名は無効なものであり、相手方のなした異議申立に対する審査手続も違法であるから、相手方が本件署名を有効として申立人の異議申立を却下した決定は違法として取り消さるべきであり、しかも結局相手方が有効と判定した署名数は二、一八二で解職請求に必要な法定署名数を僅か二八上廻つているに過ぎない。従つて、署名が法定数を欠くに至り、解職賛否投票手続もその根拠を失うことになるのは容易に想像される。しかるに現在右投票手続が進められようとしているが、署名の効力未確定のまま右手続が進行すれば、これによつて町政の混乱ならびに費消される時間、労力および費用の喪失など甚大な損害が生ずるので、この損害を避けるため相手方のなした主文第一項掲記決定の効力の停止を求めるため本件申立に及んだ。
というものである。
本件疎明資料によれば、申立人が福岡県田川郡糸田町々長であり、申立外二田水正久らが同町長の解職請求代表者となり、解職請求のための署名を収集し、署名簿を相手方に提出したこと、相手方が自ら、および申立人の異議申立により右署名簿の署名の効力について審査した結果、有効署名の総数を二、一八二と決定したこと、右糸田町において選挙権を有する者の総数は六、四六五であり、右有効署名の総数は右選挙権を有する者の総数の三分の一を僅か二七上廻るのみであることが認められ、申立人が相手方のなした異議申立却下決定に不服ありとして福岡地方裁判所に出訴し該事件は同裁判所昭和四〇年(行ウ)第一三号異議却下決定取消請求事件として同裁判所に係属中であることは当裁判所に顕著な事実であり、本件疎明資料および相手方提出にかかる意見書を綜合すれば、申立人が異議を申し立てた各署名の効力につき充分の調査がなされたものとは言い難く、右異議却下決定取消請求事件の本案審理の結果相当数の署名が無効とされ、解職請求の法定数を割るに至るであろうことが一応認められる。このような事情の下に解職の投票手続等一連の手続が進められた後、右事件の本案審理により解職請求の法定数を欠くものとされた場合、右一連の手続の効力の如何が問題とされて町政が甚だしい混乱に陥るのは明らかであるのみならず、その際申立人が蒙る精神的、労力的、経済的損害も大きく、これらを併わせ考えると、相手方のなした前記異議申立却下決定の執行およびこれに基く手続の続行は回復困難な損害を生ずるものと言わなければならない。また、本件署名に基づく解職の法定投票日も迫つているので、右損害を避けるため本件異議申立却下決定の効力およびこれに基く手続の続行を停止する緊急の必要があるものと認められる。
よつて、福岡地方裁判所昭和四〇年(行ウ)第一三号異議却下決定取消請求事件の判決が確定するまで、相手方が昭和四〇年八月五日付でなした異議申立却下決定の効力およびこれに基く手続の続行は、これを停止するのを妥当と思料し、申立人の本件停止命令申請を理由あるものとして認容することとし、手続費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり決定する。
(裁判官 小西信三 浪川道男 和田忠義)